Xデザイン学校 6回目 ユーザー情報の可視化

前回の2DAYSで燃え尽きたのか、今回はなんとなく楽しいムードで展開。
そういう時はやはり落とし穴、、というか何かの沼にハマっていると考えて間違いない。インタビュイーとして喋り疲れたのはあったのですが、正直これまでの講義のなかで一番アタマの疲れが少ない回だった。
つまり、、あまりモノを考えてなかった、、、第六回の振り返りです。

目的を理解していないから、ルールにこだわる。

結論としては「これはインタビューもう一回やらないとダメかもわからんね」でした。

ブログを書く前に講義の資料を見返したのだけど、『「あなたにとっての豊かな生活とは?」を深く聞く』って書いてるやーん笑
全然できてないやーん笑

しかし毎度毎度なぜ同じような間違いをしてしまうのか。
やはり兎にも角にもゴールが見えてないから、調査の目的を理解しきっていないからではなかろうか。
だから、スライドやシートに書かれたことをなぞることを考えてしまう。拠り所にしてしまう。

インタビュアー以外は質問してはいけないというルールはあるけども「あれ、これもっとこういうこと聞かないといけなんじゃね??」みたいなコミュニケーションはあっても良かったんだろうと思っている。
真面目に取り組んでいるからこそ起こってしまうことかもだけど、この辺りはUXの話とは別でチーム内で最後までになんとかしたいポイントだなぁ。

なお、僕自身についてはインタビュイーになりきる事ばかり考えていたのと、しゃべるのが楽しくなってしまった(おっさんの証)が致命的でした。

「豊かな生活」って、 一体なにかね?

もうひとつ、「豊かな生活」がどんなものなのか、我々は答えをもっておらず、それを明らかにするために色々な技法を駆使ししているのだということに、いまさらながらに気づいた。(当たり前すぎて恥ずかしいが・・・)

京都でフィールドワークをしたが、京都の豊かさが一般的なくらしに適用できるか、といえばできない。だから概念化して、汎用性のあるUXパターンに落とし込んだのが前回。

ペルソナ/シナリオ法も同じで、今回のインタビュイーだった僕の趣味嗜好が、そのまま一般化できるか?といえばできるわけがない。(できればそうあってほしいけどw)
だから深く聞いて聞いて掘りまくって、僕自身が気づいていないような「本質的な欲求」を導き出さねばならなかった。

書いてみる「当たり前やん」って内容だけど、自分で気づけたのはわりと良いことなんでは無いかと思ってる笑

山歩きで感じた「豊かな生活」

話は変わって、、先週末は曽爾高原の倶留尊山に登ってきました。

倶留尊山はそこそこの険しさで山登り感があるのだけど、ふもとのお亀池周辺はゆるやかな勾配とすすき野原の景観が素晴らしく、家族連れやカップルで賑わっていた。

軽装で気張らずピクニックをしている家族連れをみると、キャンプやグランピングのようなアウトドアとはまた違う豊かさを感じた。

特にピクニックをしている家族の多くが少人数だったことも印象に残っている。(靭公園や難波宮でのピクニックってグループが目立つイメージがあったので、それと対象的だ。)

山を登っていてもそんなことを考えずにはいられないのは、少しは身体化しているってことだろうか。

まーとりあえずはインタビューのリトライかなぁ。。