孫子 最高の戦略教科書

きっかけを忘れたがどこかで孫子について取り上げられており、そういえば読んだことないな、、と思い購入。
思ったより解説本としての内容が多く、原著をあたるべきだったかな〜と反省。

なお、自分にいちばん刺さったのは孫子の言葉ではなく、チェスのチャンピオンの言葉。敗北や失敗を恐れるな!といった捉え方をされそうだが、そうではないと思う。死なない程度の敗北を自分で見つけないといけないのだ。カスパロフの経歴を考えるとかなり複雑な言葉だと思う。

「自信をつけることと誤りを訂正されることの適切なバランスは、各個人が見つけなければならない。経験から言って”我慢できるうちは負けろ”は優れた原則だ(カスパロフ)」

その他、経営とデザイナーという視点で。

『もし吾が計を聴かば、之れを用いて必ず勝つ。之れに留めん。将、吾が計を聴かざれば、之れを用うるも必ず敗る。之れを去らん。』

一旦雇われてしまえば孫武は国の命運、さらには自分の生死がかかる戦争というプロジェクトに対して責任を負う。そうである以上、どう見ても勝ち目のない戦に対して「何とかしてこい」と命じられる事は是が非でも避けたい。

自身がプロジェクトに関わる際に、こうあるのがもちろん理想である、、と思う。
ただこれは、あくまでこの時代の将軍が政治と軍事の両方に関わっていることを前提としていることに留意すべきだと思う。
現代のビジネスとデザイナーの関係に置き換えると、経営戦略を理解していない状態で「私のデザインに口を出すな」と口にすべきことでは無い、と思う。
海外のデザイナーは経営戦略やビジネス領域について理解したうえでデザインを行うことが一般的と言われるが、日本でデザイナーがより積極的に社会の改題解決に取り組むうえで、必須の要件のように思える。

また、将軍と君主の関係として、孫子の考えの対極として「戦争論」から引用があったが、これも経営とデザインとの関係に通じるところがある。

戦争を政治の意図に完全に合致させ、戦争の手段を完全に政策に調和させるためには、政治と軍の指導者が兼任していないのであれば、残された適当な方法は、位の高い将帥を内閣の一員に迎える以外にはない。それによって内閣は彼の最も重要な決定に関与することができる。

1. ひとりの人間が政治と軍事の最高責任者を兼ねてしまう
2. 政治的決断の場に必ず軍人が加わり合議する

経営者自身がデザインの考え方を持っている、これがスティーブ・ジョブズのアップルだと思う。ただほとんどの会社・行政はそうでは無く、現実的には2のパターンとしてデザイナーが経営レベルで加わる、という形がデザインを経営に取り入れる適切な形となるのだろう。これはよく言われていることだが、孫子の流れで触れるのは新鮮だった。
テクノロジーや医療に関しても同じことが言えると思う。専門的な知見を新たに組織のなかに組み入れる際のあり方、専門職が経営や行政についての最低限の理解は持っておくべきという示唆。

不特定多数でありながら、1対1のコミュニケーションが成り立つ現在、おそらく自分自身は信用や実力によって商売しつつ、他人から向けられる詭道を撃退する知恵も持ち合わせる、そんな二枚腰が必要不可欠なのだ。

孫子では「詭道」がよくでてくる。これは負けたら最後、再戦ナシの一発勝負を前提にしているものである。
逆に、一対一の継続的なコミュニケーションにおいては信頼がベースになることは間違い無い。
ただインターネット/グローバル化の時代は不特定多数かつ匿名性の高いコミュニケーションが多くなるため、詭道的なビジネスがメインになりそうだが、実は逆であるという指摘。スクエア・エニックスの和田洋一元会長のインタビューをひきつつ説明されている。
「記名/個性の時代になり、何に規範を求めるか論点として浮上する」と書かれているが、ビジネスのレベルでは確かにその通りになっている。この流れで「論語と算盤」を読んでみたくなった。
この本は(当たり前だけど)詳しく解説が入っているため自分の頭で抽象化する間も無く、少し物足りない気分に。「論語と算盤」は解説本ではなく原著に近いものを読んでみようと思う。

「見えてる人」と「見えてない人」

読んでいる本が、業務に直結するような内容のものが多くなってきたため、Kindle Unlimitedで抽象度の高めの本を探して読んできました。
※カバー画像は本書より。

「世の中」と「頭の中」のズレをさまざまな非対称性を用いて説明している本です。
世の中のことだったり、自分のことだったりで少し理不尽さを感じることが多くなってきたので、この本を選んだのだと思うのですが、思った以上に得るものが多かったです。

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センスメイキング――本当に重要なものを見極める力

思ってたんとちょっと違っていたけど、読んで良かった。

途中、デザイン思考をこき下ろすパートがあるのだけどそこがめっちゃ面白いwそしてわりと同意。
デザイン思考にしろUXDにしろ正しい(とされる)手順で物事を考えれば良いアイデアやサービスが射出成形されるわけではもちろんなく。
正しい(とされる)手順は不安を払拭してくれるけど、それだけでは核心には迫れないということが、この本を読むとよく分かって勉強になった。というか今日び「手法」を身につければ誰でも良い結果を生める、ってものがどんどん減っている。
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FACTFULNESS 少子化について

3割くらい読了。
人口問題について書かれた節を読んで、日本の少子化問題について、これまで自分が疑問におもっていた事を解消してくれた。

それと同じタイミングで、女性ひとりあたりの子供の数も減った。極度の貧困から抜け出した数十億の人々は、子供をたくさんつくる必要がなくなった。もう、家庭の小さな農場で、たくさんの子供を働かせなくてもいい。もう、病気で亡くなる子供の分だけ、多めに子供をつくらなくていい。女性も男性も教育を受けるようになると、子供には貧しい思いをさせたくない、もっと良い教育を受けさせたいと考えるようになる。手っ取り早いのは、子供の数を減らすことだ。
ハンス・ロスリング,オーラ・ロスリング,アンナ・ロスリング・ロンランド. FACTFULNESS(ファクトフルネス)10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣 (Japanese Edition) (Kindle の位置No.1209-1214). Kindle 版.

そういえば以前読んだ「ベーシックインカム」に、昔は子供というのは労働力であり老後の保障でありつまりは資産であったが(もちろん愛情の対象でもあっただろう)、年金や社会保障制度が整備されると、子供の資産性は薄れ、純粋に愛情を注ぐ対象になってきている、というような事が書いてあった(気がする)。

少子化の話になると「こどもを大切にしない社会だから、こどもを作ろうとしない」「保育園が・・・」といったことを問題にして論ずる事が多いように感じるのだけど、大前提のとしてこういう事実があることはみんあ意識したほうが良いんじゃないかなと思う。

してるようなしてないような日本の少子化対策。子供を増やすことよりも、少なくなった子供に教育リソースを集中する、といった事を考えていったほうが良いのではないかと思った。
「労働力」という観点でみると、ものすごく頑張って数を増やす意味はどれくらいあるんだろうか?と考えてしまう。(選択と集中をすべき、と考えているわけではない。)

当然、「子供が欲しい」という気持ちに応える社会というのは、それとはまた別の次元で非常ーに大切なことだ。

ただ、単に「増やす」という観点では、色々考えることが多いんじゃないかと思った。

武器になる哲学 その2

昨日に引き続き「武器になる哲学」の読書感想文。

クルト・レヴィンの「解凍 =混乱 =再凍結 」モデルの流れで紹介されていたウィリアム ・ブリッジズの指摘へのコメント。

キャリアや人生の 「転機 」というのは単に 「何かが始まる 」ということではなく 、むしろ 「何かが終わる 」時期なのだ 、ということです 。逆に言えば 「何かが終わる 」ことで初めて 「何かが始まる 」とも言えるわけですが 、多くの人は 、後者の 「開始 」ばかりに注目していて 、一体何が終わったのか 、何を終わらせるのかという 「終焉の問い 」にしっかりと向き合わないのです 。

まさにアンラーニング。

時間にも体力もそして気力も有限。

自分の何を捨てるかを決めないと本当にマナブ→ワカル→カワル事は出来ない。

これからの時代は現状をズルズルと延命させずにきっちり終わらせて、次に進む事が大事なんだろう。

武器になる哲学

浅野先生がfacebookにアップしていた「 武器になる哲学 人生を生き抜くための哲学・思想のキーコンセプト50」という本を読み終わった。

刺激的な内容で色々と考えさせられるところがある。感じたことをメモ。

 

「見送っていい常識」と「疑うべき常識」を見極める選球眼を持つということです。そしてこの選球眼を与えてくれるのが、空間軸・時間軸での知識の広がり=教養だということです

山口 周. 武器になる哲学 人生を生き抜くための哲学・思想のキーコンセプト50 (Japanese Edition) (Kindle の位置No.167-169). Kindle 版.

なんだかんだ言ってプロローグが一番ガツンと来たかも。あたらしい時代のデザインを学ぶうえでなんで哲学・教養が必要かがものすごくコンパクトにかかれている。

上記で引用した常識に対する相対し方については「Aのことが分かる為にはBやCとの関連性が分からない」ということにも通じ腹落ちした。

アーレントは「分業」という点に注目します。ユダヤ人の名簿作成から始まって、検挙、拘留、移送、処刑に及ぶまでのオペレーションを様々な人々が分担するため、システム全体の責任所在は曖昧になり、極めて責任転嫁のしやすい環境が生まれます

山口 周. 武器になる哲学 人生を生き抜くための哲学・思想のキーコンセプト50 (Japanese Edition) (Kindle の位置No.1402-1404). Kindle 版.

ホロコーストをアイヒマンがどのよう設計したか。「分担」させることで、自分は全体の作業の一部を担っただけという意識になり、良心の呵責に苛まれないというもの。

怖い話だと思いつつ,

そういった事に限らず、多くの仕事は階層に別れ分担されており、全員が責任を分散しあっているということについて誰しも心当たりがあるように思える。

企業の炎上案件というのもこれと同じ感じで起きているのではないかと思った。だれが見てもヤバイ案件など、どこかで指摘が入りそうなものだと思われがちだが「企画したのは自分ではない」「自分が作ってるだけ」「最終決定するのはクライアント」という意識がどこかで働き、最終的に世に出てしまうのではないか。

他にも色々あるけれど、疲れたので今日はここまで。